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上大森古墳 (かみおおもりこふん)

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福岡県福津市上西郷区字大森
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◆◆◆◆◆ 上大森古墳(かみおおもりこふん) ◆◆◆◆◆

 日本の古墳時代は3世紀から7世紀末までの450年間です。古墳時代は4つに分けられ前期(3世紀後半〜4世紀後半)、 中期(4世紀末〜5世紀後半)、後期(5世紀末〜6世紀末)、終末期(7世紀)となっています。
福津市勝浦字新原地区と福津市奴山地区にまたがる低い丘陵地帯にある新原・奴山古墳群は後期(5世紀末〜6世紀末)に造られた古墳で、前方後円墳も5基あります。
前方後円墳は3世紀から盛んに造られてきましたが、終末期(7世紀)になると造られなくなり、そのかわり巨石を使った巨大な円墳が造られます。 宮地嶽古墳手光波切不動古墳などがこの時期に造られ古墳です。

 この上大森古墳(かみおおもりこふん)は古墳時代の後期(5世紀末〜6世紀末)に造られたと推定されています。高さ3m、径約13mの横穴式円墳で 入口より羨道(せんどう)、副室、玄門、玄室(げんしつ)の構造となっています。

●上大森古墳(かみおおもりこふん)のサイズ
 ・羨道(墓道) : 高さ1.6メートル、幅0.8メートル、奥行1.0メートル
 ・副室 : 高さ2.3メートル、幅1.6メートル、奥行1.4メートル
 ・玄門 : 高さ1.56メートル、幅0.8メートル、奥行1.38メートル
 ・玄室(被葬者の室) : 高さ3.7メートル、幅2.73メートル、奥行3.88メートル
 ・入口からの最奥までの合計 全長7.66メートル

 上大森古墳(かみおおもりこふん)は副室、玄門を構え、玄室左右の腰石は各大石三基、奥壁腰石は長さ2.73メートル1基の巨石を構え、 天井石の高さ3.7メートル (3.7m?? 本当だろうか? 平成3年 福間町教育委員会発行の「ふるさと文化財探訪記」には、確かにこのように書いてある。)、 大きな巨石一基でどっしりと押えています。
石組は大小無数の石をアーチ型に整然と見事に積み上げて、堅牢で緻密な築造です。福津市と古賀市の市境に多くの古墳がありますが、その古墳群の中でも特にすぐれている古墳です。

 では、この古墳の主は誰だろうか? 結論から言えば、まったく分かっていないそうだ。古墳の遺物も盗掘されて、まったくないし、伝承も残っていません。
5世紀前半から6世紀末に造られた新原・奴山古墳群と6世紀の部分は時期が重なりますから、 宗像君(むなかたのきみ)一族は新原・奴山古墳群を造り、 宗像君(むなかたのきみ)一族の首長クラスの相当地位の高い臣下は周辺の、この地などに古墳を造ったのでないかと推測します。

 それと、もう一つの説は西暦527年の「盤井の反乱」に関するものです。
筑紫の国(現在の八女地方を中心に)で一大勢力を誇っていた豪族「筑紫国造磐井」(ちくしのくにのみやつこ・いわい)は継体(けいたい)天皇21年(527年)、大和王権に対して国内最大の内乱を起こします。 翌22年(528年)には、鎮圧されますが、磐井の子「葛子」は、糟屋の屯倉(みやけ)を献上し、死罪免れたと日本書紀に記されています。
この糟屋の屯倉(みやけ)とかかわる者の古墳ではないか? とも言われています。

■参考文献…ふるさと文化財探訪記(平成3年 福間町教育委員会発行)201ページ〜

※ 掲載した内容は 2014年 10月 17日時点の内容です。変更になるおそれがあります。自己責任で御利用ください。

 
 


 ◆ 旦ノ原の四辻から県道(535号)を上西郷区今西方面に約400m行った所の森の中にある
旦ノ原の四辻から県道(535号)を上西郷区今西方面に約400m行った所の森の中にある


 ◆ 林の中にこんもりした盛り土がある
林の中にこんもりした盛り土がある

 上大森古墳(かみおおもりこふん)は飯盛山の麓(ふもと)の旦ノ原の四辻から、丘陵の尾根づたいに県道535号線を上西郷区今西方面に約400m下った所の左にある、こんもりと茂った林の中にあります。
案内板などは何もありません。周辺は自動車などの解体屋さんのヤードが多くあります。
林の中にこんもりした盛り土があるのですぐに分かります。古墳の高さは3mです。古墳の頂上に上がってみると、一升瓶が2本おいてありました。酒でしょうかね? 瓶のラベルも風化して溶けてありません。 数年前に、なにか神事が行われた跡でしょうか? よく分かりません。

 古墳の入口は南側にあります。溝のように掘り下げた先が古墳の入口となっています。ここ半年くらい人が通った形跡はないですね。竹がたくさん生えており、竹を避けながら進むと入口にたどり着けます。 古墳の入口から羨道(せんどう)に続くのですが、坂道で下る感じです。古墳の副室や玄室(げんしつ)は半地下に造られているようです。地表より1.5mくらい地下になっている感じです。

 懐中電灯を持っていかなかったので奥の玄室(げんしつ)までは行きませんでしたが、なにか音がして不気味な感じでした。帰って写真を見ると音の主はコウモリだったようです。コウモリの住家になっているようです。

動画案内(約3分)

 ◆ 上大森古墳は高さ3m、径約13mの古墳
上大森古墳は高さ3m、径約13mの古墳

 ◆ 古墳の山頂。後ろの道路は県道(535号)
古墳の山頂。後ろの道路は県道(535号)
 ◆ 山頂から上を見上げる
山頂から上を見上げる

 ◆ 東側から入りやすい(カンバンなどは無い)
東側から入りやすい(カンバンなどは無い)
 ◆ 入口は溝のようになっている
入口は溝のようになっている
 ◆ 東側から入ると古墳の入口に近い
東側から入ると古墳の入口に近い

 ◆ 竹を避けながら行くと入口がある
竹を避けながら行くと入口がある
 ◆ 入口は地面すれすれにある
入口は地面すれすれにある
 ◆ ストロボで照らすと入口の中が少し見える
ストロボで照らすと入口の中が少し見える




 ◆ 古墳の構造は入口より羨道(せんどう)、副室、玄門、玄室(げんしつ)となっている
古墳の構造は入口より羨道(せんどう)、副室、玄門、玄室(げんしつ)となっている

 ◆ コウモリが警戒しているようだ
コウモリが警戒しているようだ

 ◆ この副室天井石は相当大きい
この副室天井石は相当大きい

 ◆ 副室の左の壁
副室の左の壁

 ◆ 副室の右の壁
副室の右の壁


 
 

◆◆◆◆◆ 上大森古墳の石塔について ◆◆◆◆◆

 ふるさと文化財探訪記(平成3年 福間町教育委員会発行)にはこのように書いてある。
 ふるさと文化財探訪記 引用 

 =(前略)=
 この墳丘の周辺は平坦な檜林(ひのきばやし)で、むかし嘉永年間(1848〜1854年)、大森池築造の際、 その溜池敷地内にあった九戸の農家(『宗像郡明細帳』巻一二)を移転させた。
そのうち二、三の農家が丁度その池の東南上方の台地に移転し、家の周辺に畑地を開墾したものと思われ、 宅地跡や畑跡らしい平坦地となっている。
墳丘の周囲はある程度削り取られて、石室入口辺では高さ1.5メートルほどの段差がついている。
特に林道を挟んだ南側の宅地跡近くには、中世(室町時代)の板碑や五輪の石塔などが発見され、 現在古墳入口の左側に移して祀ってある。
=(後略)=

 ふるさと文化財探訪記 引用 おわり 

 ここに書いてある溜池は上大森古墳の北東部にある「大森池下」のことだと思われる。また、古墳の周辺は檜林(ひのきばやし)でなく、 今は竹林になっており、古墳の入口左側に五輪の石塔の残骸らしき物はあったが、中世(室町時代)の板碑は見つからなかった。

 
 


 ◆ 古墳の周辺は竹林になっている
古墳の周辺は竹林になっている

 ◆ 古墳の入口の左側にある石塔の残骸らしき物
古墳の入口の左側にある石塔の残骸らしき物

 ◆ 丸い石があるので五輪の石塔だと思われる
丸い石があるので五輪の石塔だと思われる


◆ 周辺は解体屋などのヤードが多い
周辺は自動車解体などのヤードが多い
 ◆ 近くの飯盛山
近くの飯盛山
 ◆ 動画案内(詳細版 約3分)
上大森古墳の動画案内


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