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神興神社(神興廃寺)

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福岡県福津市大字津丸645−1
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◆◆◆◆◆ 神興神社(神興廃寺) ◆◆◆◆◆

 福間東中学校に隣接する所にある神興神社(じんごうじんじゃ)の祭神は宗像三女神で、宗像大社の社説(宗像三所大菩薩御縁起)には、
 宗像三女神、はじめは室貴(鞍手郡鞍手町室木)の六ケ岳に天降りまして、のち津丸郷にお移りになり、ここで神威がますます輝きわたった。そこでこの里を神興村という。その後、 今の沖の島 ― 田心姫命(たごりおひめのみこと)、大島 ― 湍津姫命(たぎつひめのみこと)、田島 ― 市杵嶋姫命( いちきしまひめのみこと)の三所にお鎮り(しずまり)になった。
と伝えている。

また、筑前国続風土記拾遺(ちくぜんこくしょくふどきしゅうい)には次の記述がある。
 畑の中に古瓦の破れたる多し。その南に古瓦を拾い捨し所塚の如く積めり。・・・・・・其の後早年に村民等此祠に雨乞するに 霊応ありとて隣村民等力を合わせて報賽(ほうさい)に石祠を建立す。
側に手水鉢を置り。是は南の畑中に在し古への礎石なり。径六尺弐寸、横四尺六寸五分、高弐尺七寸、正中に柱を彫入し穴あり。径一尺九寸、深三寸五分有。 この礎石を見て上古の殿舎の宏大なりし事を知るへし。


 筑前国続風土記拾遺(ちくぜんこくしょくふどきしゅうい)は天保8年(1837)前後に完成した地誌です。その頃には、神興神社にある手水鉢の礎石の事を正確に認識していた事に驚きます。
しかし、この神興神社がいつ創建されたかは、はっきり分からないようです。

 神社の敷地の南側の果樹園(ミカン畑)には昭和40年代まで古瓦が小山のように積まれていたそうです。おそらく付近に散乱していた瓦を畑を造るために一カ所に集めたものと思われます。 その瓦の中から大正4年(1915年)に「延喜十一年」銘のある平瓦や丸瓦が発見されたのです。これが我が国で2番目に古い瓦と解り、神興神社が一躍脚光をあびるようになりました。

 この神興神社の南の畑は平成3年(1991年)に本格的な発掘調査が行われ延喜十一年の銘のある瓦や陶磁器類、寺の四隅を飾った鬼瓦、それに瓦を焼いた窯跡(かまあと)も見つかりました。
延喜十一年は西暦の911年で平安時代(794年-1185年/1192年頃)の中頃です。その頃に、ここにあった寺の増築か修理がされたもので、寺が造られたのはそれよりも前の8世紀後半の奈良時代(710年-784年)頃だろうと推測されています。
また、12世紀頃の焼き物や瓦もあるので平安時代の末期に廃寺(はいじ)になったのだろうと推定されています。

 神興神社の場所は奈良時代から平安時代にかけて壮大な寺院があった場所なので、神興廃寺(じんごうはいじ)とも言われています。

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●国分寺の建立
 天平13年(741年)聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、日本の各国に寺院の建立を命じました。国ごとに国分僧寺(こくぶんそうじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)を1つずつ建立し、 国分僧寺(こくぶんそうじ)には七重塔という、それまで地方にはなかった高層建築を備えていました。
この近辺の国分寺は ・筑前国分寺(福岡県太宰府市国分)、筑前国分尼寺(福岡県太宰府市国分)
・筑後国分寺(福岡県久留米市国分町)、筑後国分尼寺(福岡県久留米市国分町)
・豊前国分寺(福岡県京都郡みやこ町国分)、豊前国分尼寺(福岡県京都郡みやこ町徳政)
にありました。

 この地方を統治してしていた宗像君(むなかたのきみ)は、近辺になにやら不思議な高層建築が出現してびっくり、今の津屋崎方面などに「新原・奴山古墳群」や 「宮地嶽古墳」、「手光波切不動古墳」を8世紀初めの頃まで(これには諸説ある) エッチラ、エッチラ古墳を造ってきたが、それってもう古いんじゃないの? と思うようになったのです。これからは塔でしょう! それもできるだけ高い塔を我々も造ろうではないか・・・
そのように思って宗像君(むなかたのきみ)が国分寺を真似て造ったのが神興廃寺だと思うのです。神仏習合の始まりですね、しかし、今の宗像大社のある田島地区が宗像君(むなかたのきみ)の信仰の本拠地ですが、 異教である仏教の塔を田島地区に造るわけにはいかないので、この津丸の地に造った。これが私が勝手に想像する神興廃寺の誕生物語です。(^J^)

 実は、天平13年(741年)聖武天皇が日本の各国に寺院の建立を命じましたが、なかなか寺の建立が進まず未完成の国が多いために天平16年(744年)に諸国に督促がなされています。 『続日本紀』天平勝宝8年(756年)12月20日条には、豊後国を含む26か国の国分寺に灌頂幡(かんじょうばん)などが下賜されたと記載されていますから、この頃に多くの国分寺が建立されたようです。
たぶん福岡近辺の国分寺も西暦750〜760年頃に建造されたと思って良いと思います。それを横目に見ながら神興廃寺の建立が行われたとするなら、神興廃寺の建立は西暦770〜780年頃と推測できます。

 福岡県糟屋郡粕屋町に所在する駕輿丁廃寺(かよちょうはいじ)跡から同じような塔心礎が出土しています。鴻臚館系(こうろかんけい)軒丸瓦の出土も共通しています。
また、粕屋町の公式サイトには「出土した石から約22メートル近くの塔が建っていたのではないかと推定されています。」 このような記述があります。

 駕輿丁廃寺(かよちょうはいじ)跡から出土した塔心礎に比べて神興廃寺の塔心礎の方が少しどっしりしています。造りも丁寧ですね。駕輿丁廃寺(かよちょうはいじ)が22m程度の塔の塔心礎なら 神興廃寺の塔は30mくらいの塔だったと勝手に推測します。 ちなみに我が国最古の五重塔である法隆寺の五重塔の高さは 約31.5m(基檀上より)です。まあ、ほとんど同じくらいの高さの塔があった可能性が大きいですね。
※ 駕輿丁廃寺(かよちょうはいじ)の塔心礎は粕屋町の粕屋フォーラム(図書館と歴史資料館の複合施設)の庭に置いてあります。

 他に飯塚市大分にある大分廃寺塔跡にも大きな心礎が残っています。こちらの心礎の穴(心礎柱座)は直径が80cmもあります。

■参考文献
 ・やさしい福間町の歴史(2003年 やさしい福間町史刊行委員会 発行)
 ・ふるさと文化財探訪記(平成3年 福間町教育委員会 発行)
 ・福間町史(通史編)(平成12年 福間町史編集委員会 発行)

※ 掲載した内容は 2014年 10月 05日時点の内容です。変更になるおそれがあります。自己責任で御利用ください。

動画案内(約5分)

 
 


 ◆ 福間東中学校の隣にある神興神社。 今日(2014/10/05)は例祭の日なので幟が建っている  ※ 2014/10/05 撮影
福間東中学校の隣にある神興神社。 今日(2014/10/05)は例祭の日なので幟が建っている  ※ 2014/10/05 撮影

 ◆ 神興神社縁起 ※ ビッグ写真はここ
神興神社縁起

 この神興神社の場所にあった寺院の名前などはまったく分かっていません。便宜上、神興廃寺(じんごうはいじ)と言っているだけで正式にどういう名前であったか、寺院であったのかも良く分かっていません。

 この近くに八並(やつなみ)という地区がありますが、そこには8世紀から9世紀にかけて郡の役所である郡衙(ぐんが)があったとする説があります。その郡衙(ぐんが)に付属する寺院があったのではないか? そういう説もあります。
なぜなら、郡衙(ぐんが)の周辺に寺院があるケースが多いからです。八並に郡衙(ぐんが)があったとするなら、付属する寺院はこの神興廃寺(じんごうはいじ)の可能性が高いですね。

 ◆ 石段の上に社殿はある
石段の上に社殿はある
 ◆ 石段は大正八年にできたようだ
石段は大正八年にできたようだ

 ◆ 神興神社の社殿 (今日は例祭の日なので紅白の垂れ幕が掛けてある)
神興神社の社殿 (今日は例祭の日なので紅白の垂れ幕が掛けてある)

 ◆ 拝殿の中 ※絵馬などは無いようだ
拝殿の中 ※絵馬などは無いようだ

 ◆ 本殿は石の祠(ほこら)となっている
本殿は石の祠(ほこら)となっている

 ◆ 神興神社を有名にしているのは社殿の脇に置かれている礎石(塔心礎)です
神興神社を有名にしているのは社殿の脇に置かれている礎石(塔心礎)です

 ◆ これだけ大きな礎石(塔心礎)は珍しい (長さ約 2m、短辺は約 1.5m、高さは約 0.7m の花崗岩)
これだけ大きな礎石(塔心礎)は珍しい (長さ約 2m、短辺は約 1.5m、高さは約 0.7m の花崗岩)

 ◆ 上部には径約 0.8m の浅い段が付けられており、段の内側に径約 0.6m、深さ約10cm の臍穴(ほぞあな)がある
上部には径約 0.8m の浅い段が付けられており、段の内側に径約 0.6m、深さ約10cm の臍穴(ほぞあな)がある

 ◆ この臍穴(ほぞあな)に芯柱が建っていたなら、そうとう高い塔だっただろうと思う
この臍穴(ほぞあな)に芯柱が建っていたなら、そうとう高い塔だっただろうと思う

 ◆ 大きな木がある。木肌を見るとムクノキのようだ
大きな木がある。木肌を見るとムクノキのようだ
 ◆ 境内には他に見るべきものはないようだ
境内には他に見るべきものはないようだ
 ◆ 拝殿に向かって右横と裏は竹林になっている
拝殿に向かって右横と裏は竹林になっている

 ◆ 神社敷地の南側の果樹園(ミカン畑)から延喜十一年(911年)の銘のある瓦が大正時代に出土した
神社敷地の南側の果樹園(ミカン畑)から延喜十一年(911年)の銘のある瓦が大正時代に出土した

 ◆ 昭和10年頃の瓦塚(ふるさと歴史探訪より転載)
昭和10年頃の瓦塚(ふるさと歴史探訪より転載)
 ◆ 筑前国続風土記附録の絵(福間通史より転載)
筑前国続風土記附録の絵(福間通史より転載)
 ◆ 延喜瓦(ふるさと歴史探訪より転載)
延喜瓦(ふるさと歴史探訪より転載)





■■■■■ 筑前駕輿丁廃寺(糟屋郡粕屋町)の塔心礎 ■■■■■


 ◆ 筑前駕輿丁廃寺(糟屋郡粕屋町)にもおなじような塔心礎があり22m程度の塔があっただろうと粕屋町のHPにある
筑前駕輿丁廃寺(糟屋郡粕屋町)にもおなじような塔心礎があり22m程度の塔があっただろうと粕屋町のHPに書いてある

◆ 神興神社の塔心礎に比べれば造りが雑だ。この程度で22mの塔なら神興神社には30m程度の塔があったと思われる
神興神社の塔心礎に比べれば造りが雑だ。この程度で22mの塔なら神興神社には30m程度の塔があったと思われる



■■■■■ 大宰府政庁跡の礎石 ■■■■■


◆ 7世紀後半に造られた大宰府政庁の跡。神興廃寺には塔心礎があるだけで柱を支えた礎石などが見つかっていない
7世紀後半に造られた九州を治める役所であった大宰府政庁の跡である都府楼跡(とふろうあと)には大きな礎石が並んでいるが神興廃寺には塔心礎があるだけで四隅の柱を支えた礎石などが見つかっていない


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 ◆ 隣にある福間東中学校
隣にある福間東中学校
 ◆ 10月の初旬に相撲大会がある
10月の初旬に相撲大会が行われる
 ◆ 動画案内(詳細版 約5分)
神興神社の動画案内


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 ◆ 毎年10月5日の例祭の日の直近の日曜日に相撲大会が行われる==> 詳細はここ
毎年10月5日の例祭の日の直近の日曜日に相撲大会が行われる


  神興神社例祭(相撲大会) へ行く






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