◆ 有田焼の祖と言われる陶工「李参平(リ・サンペイ)公」像
|
有田の泉山磁石場は李参平(リ・サンペイ)により江戸時代初期の元和2年(1616年)頃に発見されました。李参平(リ・サンペイ)は
初めには鍋島直茂公の佐賀城下で過ごし、後に多久長門守に預けられ領内で築窯しましたが、思い通りの焼物が出来ませんでした。
それから良い陶土を探し求めて佐賀領内を巡り有田西部へたどり着き、そこで何度も試作を繰り返した後に有田東部の泉山磁石鉱を発見し 1616 年日本で初めての『磁器』が誕生しました。
泉山磁石場はJR上有田駅から15分程度の所にあり17世紀初めから掘り続けられた山の姿は奇観です。ただ、この泉山磁石場は現在は採掘はほとんど行われていません。
現在は大部分を天草の富岡の土を使用しているそうです。
寛永20年 (1643) ごろに日本初の赤絵磁器を完成させた初代酒井田柿右衛門は「夕日にかがやく柿を見て赤絵を工夫した」という伝説は有名です。
白色の素地に繊細な赤絵との見事な調和はすばらしいもので、世界の模倣の対象となり、技法は国指定の重要無形文化財です。
この「柿右衛門様式」の焼物の白は真っ白ではなく、薄いベージュ色した「米のとぎ汁」色をしているのが特色です。たしかに、真っ白に赤より、こちらの方が品を感じます。
|