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鹿児島県南九州市知覧町
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■■■■■ 知覧武家屋敷庭園 ■■■■■
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◆◆◆◆◆ 知覧武家屋敷庭園 ◆◆◆◆◆
知覧は「薩摩の小京都」といわれ、生け垣と石垣が美しい武家屋敷が今も残っている所です。
他の地域の武家屋敷の石垣は野石乱積みが多いが知覧の石垣はきれいな切石整層積みが中心で石垣の上の
見事な生け垣と共に清潔感あふれる風景をつくっています。
武家屋敷の門を入るとすぐの所に庭園があるのが普通であったらしく、今も7つの庭園が
昔ながらの姿で良く残っており国の名勝に指定されています。
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◆ 昔ながらの生け垣と石垣がよく残っている知覧武家屋敷群 ※ 位置関係は武家屋敷庭園案内図をご覧ください。
◆ 生垣も良く手入れされ清潔感があふれる
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知覧型二ツ家は主屋と付属屋(「おもて」と「なかえ」)をつなげて、そこに小さな棟を
付けている家をいい、知覧独特の民家であり現在武家屋敷群の中に2棟移築されています。
武家屋敷群の中間地点の三差路に「石敢當(いしがんとう)」と彫られた石碑があります。
これは中国に起源をもつ魔除けのための石碑で、直進してくる魔物を防ぐために三差路の突き当たりに立てられています。
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◆ 門の中には屋敷内が直接見えないように屏風岩がある
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◆ 門を入ったところに庭がある(佐多美舟邸庭園))
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◆ 庭は縁側のある客間などに面しているようだ (森重堅邸庭園)
◆ 知覧型二ツ家(休憩所)
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◆ こちらも知覧型二ツ家(旧高城家住宅)
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◆ 魔除けの石碑「石敢當(いしがんとう)」
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◆ 小さな石橋、矢櫃橋(やびつばし)
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◆ 休憩所もあり、お茶がいただける
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◆ 「麓公園」と特産品の販売をしている「ふもと横丁」
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■■■■■ 平和公園(特攻平和会館) ■■■■■
◆ 多くの人が訪れている知覧特攻平和会館
◆ 特攻銅像「とこしえに」
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知覧は江戸時代には薩摩藩の軍事行政上の拠点でした。そして太平洋戦争時代は本土最南端となる知覧飛行場より、陸軍の特攻隊員 1035名が飛び立って行き、帰らぬ人となりました。
知覧特攻平和会館は人類史上類のない爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集・保存・展示しています。
知覧特攻平和会館の隣りにあるミュージアム知覧は南薩摩の歴史や民俗などを映像や資料で紹介しています。
特攻平和会館の外にも特攻銅像「とこしえに」や 「特攻の母」として知られる鳥濱トメさんの像、
映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」で使用された一式戦闘機「隼(はやぶさ)」の実物大模型、出撃まで寝起きしていた三角兵舎、
そして、いろいろな歌碑や記念碑、特攻隊員 1035柱の御霊のために建立された多くの石燈篭、特攻平和観音などがあります。
● 海軍の特攻基地は大隅半島にある鹿屋(かのや)でした。
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◆ 特攻隊員を見送った富屋食堂の鳥濱トメさんの像も
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◆ 甑島の手打港沖から引き揚げられた零戦52型
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◆ 陸軍4式戦闘機「疾風」
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◆ 映画で使用された一式戦闘機「隼(はやぶさ)」
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◆ 「特攻の母」として知られる鳥濱トメさんと特攻隊員
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◆ 出撃前の記念写真。けがれの無い笑顔が悲しい・・・
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◆ 女学生に見送られて出撃する特攻隊
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◆ 出撃まで寝起きしていた三角兵舎
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◆ 知覧特攻平和会館の隣りにあるミュージアム知覧
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■■■■■ 知覧の茶畑 知覧関係のおまけ写真 ■■■■■
◆ 知覧はお茶の産地で、昔から静岡や宇治と並ぶ銘茶の産地、県道34号線(枕崎知覧線)沿いには多くの茶畑が広がる
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九州の小京都
全国には小京都といわれるところは53市町あります。これは失われつつある日本の情緒が今なお豊かに息づく町
で、歴史を秘めてたたずむ史跡や往時の面影をとどめる町並などが残っている。などのいくつかの条件を満たし、
「全国京都会議」の一員になることで
「小京都」の称号がいただけるようです。
九州で小京都といわれているのは、この知覧のほかに
福岡県の甘木秋月、
佐賀県の小城、
伊万里、
熊本県の人吉、
山鹿、
大分県の日田、
杵築、
宮崎県の日南飫肥(おび)などです。
また、知覧は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
九州ではここ知覧と長崎の東山手・
南山手、
有田、
美々津、
飫肥(おび)、
出水、
八女
などが国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
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