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鹿児島南さつま市坊津町
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■■■■■ 坊津(ぼうのつ)坊浦地区 ■■■■■ ==場所はここ(マピオン)中央の'+'付近==================
◆ 昔は遣唐使船の往来のあった坊津(ぼうのつ)坊浦地区 ※ 超ビッグパノラマ写真はここ

◆ 双剣石(そうけんせき)

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坊津(ぼうのつ)は伊勢の安濃津、博多の那ノ津と並び、日本三津(さんしん)と称された港町で中国や南方諸国の受け入れ口として栄えました。
しかし、江戸時代に鎖国令が敷かれ貿易は長崎の出島のみに制限され、坊津はさびれましたが、薩摩藩の密貿易の基地として細々と貿易は行われていました。
坊津(ぼうのつ)坊浦地区には旧密貿易屋敷(森吉兵衛屋敷)も残されています。この屋敷の横や裏は石畳の道になっており、過去の栄華をしのぶことができます。
坊津歴史資料センター輝津館にはこれらの歴史の流れの中の文化遺産が館内に展示収蔵されています。
坊津歴史資料センター輝津館の場所から良く見えるのが双剣石(そうけんせき)と鵜ノ島(うのしま)です。
この双剣石(そうけんせき)と鵜ノ島(うのしま)は坊浦の西南に位置する網代浦(あじろうら)にあり、この付近は江戸時代から風光明媚な景勝地として有名な場所でした。
江戸時代に「東海道五十三次」を描いて有名な浮世絵師歌川(安藤)広重も「六十余州名所図会」に双剣石を描いています。
そうゆう事もあり、この双剣石(そうけんせき)と鵜ノ島(うのしま)周辺は名勝「坊津」として国の文化財に指定されています。
坊泊小学校の校庭の一角にある一乗院跡には仁王像2体と上人墓19基が残っています。この一乗院という寺は敏達天皇12年(583年)百済の僧日羅が仏教弘布のため建立した寺です。
この近辺では一番大きな寺でしたが明治2年(1869)の廃仏毀釈により、無残に破壊されてしまいました。今は仁王石像一対と歴代上人の墓などがわずかに残っているだけです。
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◆ 名勝「坊津」として国の文化財に指定された双剣石(そうけんせき)と鵜ノ島(うのしま)

◆ 坊津歴史資料センター輝津館(入館料 大人300円)
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◆ 輝津館は町内の歴史民俗資料を展示・収蔵している
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◆ 旧密貿易屋敷(森吉兵衛屋敷)
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◆ 八坂神社
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◆ 坊泊小学校の校庭の一角にある一乗院跡には仁王像2体と上人墓19基が残る

■■■■■ 坊津(ぼうのつ)泊浦地区 ■■■■■ ==場所はここ(マピオン)中央の'+'付近==================
◆ 広い湾の奥にあるのが坊津(ぼうのつ)泊浦地区

◆ 遣唐使船(グラスボートの観光船)

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広い湾の奥にあるのが坊津(ぼうのつ)泊浦地区です。この泊浦は遠浅で、沖合には松島、蒲鉾瀬、小島、双子瀬などと呼ばれる島々が点在しています。
特に泊浦地区から水平線に沈む落日の景色は言語に尽くせないものがあり、しばし見とれるほどの美しさと言われています。
また、この坊浦から久志浦方面に行く途中の今代鼻と言われている場所に「丸木崎展望台」があります。ここからは広々とした東シナ海の海と、リアス式の海岸、沖の島々などが展望できます。
この展望台から見る景色はとてもすばらしい景色です。
その「丸木崎展望台」の少し先に丸木浜海水浴場があります。ここは水がとてもきれいな白い砂浜の海水浴場で沖に草島、大瀬などの小島があり南国的なムード満点、夏はキャンプもできます。
この泊浦からは遣唐使船(グラスボートの観光船)が出港しています。4月末〜10月末まで運航しているようです。料金は1400円です。
遣唐使船の料金などの詳細はここをご覧下さい。 (2008/8/30 の情報)
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◆ 丸木崎展望台
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◆ きれいな水の海水浴場、丸木浜
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◆ 丸木崎展望台の沖にある大瀬、草島、ビサゴ瀬、と言われる岩礁

■■■■■ 坊津(ぼうのつ)久志地区 ■■■■■ ==場所はここ(マピオン)中央の'+'付近====================
◆ 坊津役場(今は南さつま市久志庁舎)などがある久志地区。遠浅で水清く魚貝類も多く太公望には人気の場所

◆ 久志漁港のそばに大きなアコウの木がある
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坊津(ぼうのつ)久志地区は坊津の役場のあった場所です。今は市町村合併で南さつま市になり南さつま市久志庁舎になっています。
役場があったのですから坊津の行政の中心地だったのだと思います。家数もけっこう多いですね。
そして小学校と中学校がありました。ちなみに坊津で中学校があるのはここの久志中学校と坊泊中学校の2か所です。
坊津には高校は無いので枕崎市に通うのだと思います。
さて、この久志地区の入口の久志漁港のそばに大きなアコウの木が道傍にありました。樹齢は書いてなかったですが、たぶん200〜300年くらいの木ではないかと思います。
道に覆いかぶさるように枝を広げて夏には良い日陰を作っていました。
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◆ 沖に小島という島がある
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◆ 正面の奥は南さつま市久志庁舎
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■■■■■ 坊津(ぼうのつ)末柏浦地区 ■■■■■ ==場所はここ(マピオン)中央の'+'付近================
◆ 波静かな入江に漁港が見える。家数の多い集落は、この写真の左にあります

■■■■■ 坊津(ぼうのつ)秋目浦地区 ■■■■■ ==場所はここ(マピオン)中央の'+'付近================
◆ 中国の高僧鑑真(がんじん)日本上陸の第一歩となった坊津(ぼうのつ)秋目浦地区

◆ 鑑真記念館
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中国の高層鑑真は日本に来ようとしたが5回も失敗し、ついに盲目となり天平勝宝5年(753)6回目にして遣唐使船で坊津の秋目にたどりついたのです。
そして奈良の都に入り、唐招提寺を創建。宗教はいうにおよばず産業、建築、医学、文化の興隆に貢献しました。まさにスーパーマンのような活躍をしました。
今思うとよくぞ鑑真さんのような良い人が来てくれて本当に良かった。日本はラッキーだったと思います。
歴史に if はありませんが、もし鑑真さんが日本に来る事に失敗していたら、日本の文化は相当遅れていた気がします。感謝!感謝です。
その鑑真さんの功績を讃えた鑑真記念館が坊津(ぼうのつ)秋目にあります。鑑真さんの偉大な功績やその生涯をジオラマ映像などで紹介しています。
また、この坊津秋目は映画007の「007は二度死ぬ」のロケが行われた場所です。それを記念して「映画007のロケ記念碑」が建っています。
ショーンコネリー、丹波哲郎などの名前が見えます。
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◆ 鑑真記念館の内部
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◆ 映画007のロケ記念碑
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