鵜殿石仏群
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文禄3年に書かれた鵜殿(うどの)山平等寺略縁起によれば,弘法大師空海が唐にて密教を学び,大同元年(806)に帰朝,松浦の地に着岸し当地に立ち寄りました。そのとき空海はこの地が漢の霊域にも劣らない法地であると言われ,中央に観音,阿弥陀,釈迦の三尊を彫刻されたと記されています。
天長年間(830年代)には洞窟内に[鵜殿山平等寺]が建立されましたが,天文年間(1540年代)の龍造寺氏との戦いで焼失しました。その後,元亀年間(1570年代)地頭の久我因幡守がこれを再建し明王院と号し明治初期までありました。かっての大洞窟も今日では天井が崩壊し昔の面影はありませんが,密教色の強い石仏のみが残されています。
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